小林慎太郎のブログ

ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供するデンシンワークス(dsworks.jp)代表、小林慎太郎のブログ

空は、青いか。

あ・・・。
朝食のトーストをかじる手を止めた。じっとテレビを見つめる。
NYのマディソン・スクエア・ガーデンからの中継で、女性のニュースキャスターがアメリカの政治情勢について語っている。

 

語っている内容に興味ははない。興味があるのは、彼女の後ろを通り過ぎたアジア系の女性。しかしながら、あらためて画面を注視した時には、ただの通行人に過ぎないその女性はいなくなっていた。

 

まあ、そんなわけないよな・・・。
僕は再び、お腹を満たすことに集中した。

 

 

 

「ねぇ、どこの大学?」

 

十数年前の8月。型通りの濃紺のスーツ、いわゆるリクルートスーツに身を包んだ僕は、太陽の光にさらされた木製のベンチに腰をかけていた。

 

とあるIT企業の最終面接を終え、役員から矢継ぎ早に繰り出された質問に疲れ果て、駅まで向かう力もなく、英気を養うべく、ビルを出たところにあるベンチに倒れこむように身を委ねていた。

 

「どこの大学?」

 

また、声が聞こえた。
自分に向けられたものにしては声が遠く、放っておいたが、どうやら無関係ではないらしい。

 

声の方へと顔を向けると、僕と同じ並び、二メートルほど横にあるベンチに座っている女の子が、

 

「こんにちは」

 

やっと気づいてくれた、といった感じの、あきれたような、安堵したような表情を浮かべた。彼女も就職活動中のようで、僕と同様、お決まりのリクルートスーツに身を包んでいる。

 

スカートスーツなので、女の子とわかるものの、ベリーショートの髪、若さを謳歌するような陽に焼けた肌が、男にも女にも寄らない、中性的な印象を彼女に与えていた。

 

あ、どうも。
唐突に話しかられたことに少し戸惑いつつも、軽く頭を下げると、〇〇大学ですよ、と僕は応えた。

 

「えー、いいなぁ! わたし、そこ受けたんだけど落ちたんだよね。ほら、そこの大学が舞台になったドラマあるじゃない? あんなキャンパスライフに憧れたんだよねー。まあ、たいして勉強してなかったし仕方ないけど」

 

彼女はそう言うと、背もたれに身体を預け、空を見上げた。
空の青さに対してなのか、太陽の光に対してなのかはわからないが、まぶしそうに、目を細める。

 

「そうなんだ・・・」

 

僕は、意図的に、愛想なく応じた。早く会話を終わらせたかった。
疲れていたのもあるが、同じベンチに座っているならまだしも、離れたベンチに座り、
会話にしては大きい声で話している状況が、恥ずかしかった。
現に、僕たちの前を行き過ぎるサラリーマンが、「この子、なんでひとりで大きな声を出してるんだろう・・・」と、奇異な目を彼女に向ける。

 

「就活はどう?」

 

僕の心中を察することなく、彼女が問いを重ねた。

 

「・・・うーん、まあ、どうだろう。あんまりかな」

 

自嘲混じりに答えると、

 

「そっかー。わたしはね、この会社で終わり」

 

彼女が淡々としたリズムで言った。

 

「そうなんだ。もう内定があるってこと?」
「ううん、違うよ」

 

彼女は首を横に振り、

 

「この会社から内定がもらえたらこの会社に行くし、もらえなくても、もう終わり!」

 

終わり!の部分を、一段と力を入れて彼女は言った。
談笑しながら歩いていた二人組のOLが、驚いて立ち止まる。

 

「内定もらえなくても終わり? なにするの? 大学院に進むとか?」

 

にやっと、唇の端をつりあげると、

 

「違うよ。アメリカに行くの!」

 

彼女が背もたれに預けていた身体を勢いよく起こした。

 

「え、アメリカ?」
「そう、U・S・A」
「なんでアメリカ?」

 

僕の問いに、

 

「なんで?なんでって、ほら、アメリカって、広いし、自由だし、なにより、空も青いじゃない」

 

誇らしげに彼女が言った。
空が青いかどうかは天候次第だと思うけど・・・。そう言いかけたのを飲み込み、
その代わりに、「そっか・・・」と、彼女には聞こえないくらいの声で、僕はつぶやいた。

 

僕の反応の薄さから何かを察したのか、それきり、彼女は黙り込んだ。
それはそれで申し訳ない気持ちになり、なにか話しかけようとしたが、これといった問いも浮かばず、あきらめた。


暑い。太陽が目の前のアスファルトを焦がす音が聞こえてきそうなほどに、暑い。
なんか例年より暑くないか・・・と一瞬思ったのち、あぁ、スーツを着てるからか、と思い当たり、ばかばかしくて、ははっ、とわずかに声を上げて笑ってしまった。

 

「なんかさ・・・」

 

隣から声が流れてきた。
あ、彼女に笑い声が聞かれてしまったかも、とおそるおそる横を見ると、

 

「なんかさ、こんな暑い日に、こんなスーツ着なきゃいけない生活って、よくないと思うんだよね・・・」

 

そう言いながら立ち上がり、

 

「・・・ばいばい。ありがとね」

 

照れたように控えめに僕に手を振ると、彼女はその場をあとにした。
彼女が去ったのちも、しばらくの間、僕はそのベンチに座り続けていた。

 

 

 


あれから十数年後の8月。やっぱり僕はベンチにいた。

会社の昼休み。近くの神社の境内にあるベンチで、缶コーヒーを傾ける。

 

大樹の下にあるおかげで、あの日のように直接陽を浴びることはないが、それでも、暑い。汗が、這うように身体をつたう。

 

シャツをつまみ、身体に風を送りつつ、今朝観たテレビを思い出す。
マディソン・スクエア・ガーデンを通り過ぎた女性。一瞬、その女性が記憶の中の彼女の姿と重なったが、テレビの中の女性は、当時の彼女くらいの年齢、つまり二十歳前後だったので、よくよく考えると、彼女本人であるはずがない。

 

・・・くだらない。
自分自身に対して、吐き捨てるように言った。

 

8月の暑さに辟易としている人たちを憐れむかのように、風が、通り抜ける。
残りのコーヒーを飲み干すと、僕は、大樹越しに空を見上げた。

 

あの日と同じように、空は、青い。

 

 

彼女は、どうなったのだろう。
内定が出たのか。アメリカに行ったのか。それとも、別の選択肢を選んだのか。
僕にはわからない。わからないのだけど、アメリカにいるといいな、と思った。

 

「なにより、空も青いじゃない」

 

青い空の下にいるといいな、と思った。