小林慎太郎のブログ

ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供するデンシンワークス(dsworks.jp)代表、小林慎太郎のブログ

「分人主義」について(わりと真面目に。)

さて、今日は「分人主義」について記そうと思います。

 

話が少しそれますが(冒頭からそれてスイマセン)、ラブレター代筆の依頼者の方がよく漏らされる意見として、

 

「僕なんかがあの人に気持ちを伝えていいものか・・・」

「私などが想いを伝える権利などあるのでしょうか・・・」

 

といった形で、自分はそんな人間ではない、という自己否定の声がよく聞かれます。

 

そんな方に、この「分人主義」というものは少なからず救いになるのではないかと思い、僕自身がこの考え方が好きなこともあり、ご紹介。

 

まず、「分人主義」ってなに?ということなのですが、「分人主義」というのは作家の平野啓一郎氏が提唱する概念で、簡単にいうと、「”本当の自分”って別に一つではないよね」という考え方です。

 

これだとさすがに簡単すぎますよね。すいません。もう少し詳しく説明すると、人は多かれ少なかれ、接する人によって見せる顔や言動が異なります。

職場で見せる顔、恋人に見せる顔、友達に見せる顔、色々な側面があるわけです。

 

すべての人に対して同じ顔を見せる人は稀で、大概の人は、相手によって異なる。そしてさらに、全部が全部お気に入りの自分ではなく、あの人に対してはいい感じなんだけど、あの人に対しては何だか悪い感じになっちゃうな、、となります。

 

この差が激しいと、他者からは「表裏がある」と揶揄され、自分自身では「本当の自分ってどれだろう・・・」と思い悩むわけです。

 

ここで「分人主義」の登場です。

 

「本当の自分」は一つではなく、それぞれの人に対しての自分、職場の自分、恋人に対しての自分、友達に対しての自分、いい自分、悪い自分、全部が「本当の自分」とする考え方、それが「分人主義」です。

 

わかりやすく書いたつもりですが、全然わかんねえよ、という方は以下サイトをご覧ください。。

 

僕なぞは対人というものに対してあまり執着がなく(執着がなく、というと何だかかっこいいですが、正確には無頓着)、人間関係でそこまで悩むこともないですが、それでも、あの人に対しての自分はよくないな、変えなきゃな、と一応悩むこともありました。

 

でも、平野さんの著書で「分人主義」という考え方に触れ、そういう悩みはなくなりました。

 

もちろん、あの人に対しての自分はよくないな、というのはあるのですが、それを改善しよう、何とかしよう、という気負いがなくなったという意味です。

 

「あっちの自分はよくないけど、こっちの自分は好きだから、こっちの関係性をより深めよう」

「駄目な自分になっちゃう人はあきらめて、好きな自分を出せる人を増やせばいいや」と思えるようになりました。

 

「本当の自分」が一人だと考えてしまうと、一人でも関係性がよくない人がいるとどうにかしなきゃ、と思ってしまいますが、「どれもこれも本当の自分」と考えると、関係性がうまくいかない自分はあきらめて、いい自分を増やそう、と割り切ることができるわけです。

 

(ここまで書いたところで、現状、「いいと思える自分」は1、2人くらいで、あとは全部「よくないと思う自分」だと気付き、愕然とする)

 

話を冒頭に戻すと、だから、

 

「僕なんかがあの人に気持ちを伝えていいものか・・・」

「私などが想いを伝える権利などあるのでしょうか・・・」

 

と自己否定をする人に僕が伝えたいのは、過去の自分や他者からの見られ方に捉われて「僕なんか」「私なんか」と考えてしまうと思うのですが、過去や他者が評価する「自分」と、自分の過去や容姿、性格に自信がないながらも、想いを寄せる人に何とか気持ちを伝えたいと願い、でも、自分ではどうしていいかわからず、藁をもつかむ気持ちでラブレター代筆屋なる得体の知れない人間に、勇気を持って、意思を持って、相談をし、何とか、自身を、今を、未来を変えようとする「自分」は別物である、と考えること。

 

そうすれば、「自分なんかが・・・」と躊躇することもなくなるでしょうし、ラブレター代筆など頼む必要もなくなるはずです。

 

それでは。おやすみなさい。