小林慎太郎のブログ

ラブレター代筆、プレゼンテーション指導、スピーチライティングなどをサービスとして提供するデンシンワークス(dsworks.jp)代表、小林慎太郎のブログ

箕輪厚介 vs 水道橋博士

先日、「HATASHIAI」という格闘技イベントを観戦した。メインイベントである、幻冬舎編集者である箕輪厚介氏と、浅草キッド水道橋博士の闘いが目当てだ。

 

ちなみに、「HATASHIAI」というのは、堀江貴文氏が立ち上げたイノベーション大学校(HIU)内から生まれた異業種格闘技戦のことで、その特徴は、リング上で闘うのがプロではなく、シロウトである点にある。

 

試合の一週間ほど前に、「土曜の夜、ちょっと格闘技を観に行くから、悪いけど子供たちの面倒よろしくね」奥さんにそう告げると、「そう、わかった。で、誰の試合観に行くの?」と問われた。

 

「あぁ、えーと、水道橋博士と、幻冬舎の編集者の箕輪さんって人が闘うみたい」

「?水道橋博士って、あの、水道橋博士? 金髪の?」

「そう、浅草キッド水道橋博士

幻冬舎って出版社だよね?」

「そうね」

「そこの編集者と闘うの?水道橋博士が?なんで?討論会ってこと?」

「いや、討論とかじゃなくて、普通に闘う感じね」

「……?」

 

奥さんはまったくもって理解できていないようだった。まあ、それはそうだろう。

元々の発端は、百田尚樹氏の『殉愛』という本にある。この本は、故・やしきたかじん氏の晩年を、未亡人の証言を中心に描いた作品だ。

 

作品は話題になり、順調に売れた。僕も発売日に購入をした。ファンというわけではなかったが、学生の頃、深夜に放送されていた『たかじんnoばぁ〜』はよく見ていたし、大人になってから一時期京都に住んでいたため、否が応にもたかじん氏の番組をしょっちゅう目にしていた。本を購入するくらいにはその人物や生き方に興味があった。

 

売れ行き好調、順風満帆に見えた『殉愛』だが、問題が発生する。百田尚樹氏、及び幻冬舎側は完全なる「ノンフィクション」と謳っていたが、書かれていた内容が虚偽であったことが次々と暴かれ、各方面から矢を向けられることとなる。水道橋博士も矢を放ったひとりだ。事故本であることを認めようとせず、「ノンフィクション」の看板を降ろそうとしない幻冬舎ならびに代表である見城徹氏をSNSを中心に糾弾するが、その声は流されてしまう。叫びは届けども、相手にされない。そして、その矛先は、『殉愛』出版元である幻冬舎のいち編集者、箕輪厚介氏へと向けられることとなる。

 

だが、『殉愛』に対しての見解を求める水道橋博士に対して、箕輪氏の回答は、自身が担当した本ではなく、入社前の話であるため特に見解はありません、というもの。だが、「あぁ、そうですか」と矛を収めるをおさめる博士ではない。ここからTwitter上にて2人の攻防が長らく続き、結果、「HATASHIAI」という格闘技イベントがあるから、そこで闘おう、となるわけである。

 

 

「HATASHIAI」のチケットが売りに出されるとすぐに、僕は最前列のチケットを購入した。だが、試合数日前から、行くかどうか、逡巡していた。その理由はいくつかある。

 

まず、単純に、気が向かなかった。気が向かない、というのは興味がないのではない。

興味は大いにあった。リングに上がる水道橋博士、箕輪厚介氏に対して、そして見城徹氏に対して。それぞれに、想いがあった。

 

まず、水道橋博士に関しては、子供の頃から、タレントとして単純に好きだった。『浅草橋ヤング洋品店』は毎週欠かさず見ていたし、今でも「歴代で一番好きなテレビ番組は?」と問われたら、『浅草橋ヤング洋品店』か『ごっつええ感じ』、どちらを挙げようか頭を悩ますだろう。その他も、テレビ朝日で深夜放送されていた『虎ノ門』や、鈴木その子を生み出した『未来ナース』など、おもしろい!と思う番組は、浅草キッドダウンタウン、どちらかのものだった。

 

そこから派生して、『キッドのもと』『お笑い男の星座』『藝人春秋』など、水道橋博士の著書も読み、メルマ旬報というメルマガも購読している。高円寺にお店を出したと聞けば、会社の昼休みを利用して、Tシャツを買いに行ったりもした。

 

『殉愛』問題について、一切忖度することない姿勢。「ノンフィクション」というジャンルに強い使命感と愛情を抱き、そこを汚されたことに対して真っ直ぐに怒れる博士を、ひたすらにかっこいいと思った。

 

一方、箕輪氏に対しても想いがある。まず、SNS上での博士とのやり取りについて箕輪氏の言動をなじる向きがあるが、僕は、そうは思わない。

確かに、言い方が乱暴なところがあるが、もし僕が箕輪氏の立場であれば、似たような対応をした気がする。過去の話とはいえ、自身が所属する会社から出た本であるため、何らかの見解を述べるのが筋という意見もあるとは思うが、筋というのは一種類ではない。人間としての筋、編集者としての筋、会社員としての筋、見城氏への筋、親としての筋・・・、様々ある。その中で、博士が重視する筋と、箕輪氏が重視する筋が異なっていたということなのだと僕は解釈している。

 

それと、箕輪氏がTwitter上で垣間見せる横顔が好きだった。博士をブロックしたかと思えば解除したり。「さよなら」と言ったかと思えば、博士のツイートに対して反応をしたり。丁寧な口調になったかと思えば、罵倒してみたり。その感じに好感を覚えた。人間としての正常な「揺らぎ」のようなものが見え隠れして、あぁ、こういう面もあるんだ、と思えた。

 

また、これが最も重要だが、箕輪氏には、恩義がある。もっとも、本人は何のこと?という感じだろう。

箕輪氏はもともと双葉社に所属をしていて、755というトークアプリでの見城徹氏とユーザーとのやり取りを『たった一人の熱狂』という本にまとめた。見城氏と箕輪氏が出会ったのもこの755であるわけだが、僕も、755ユーザーだった。755を見城氏がはじめたのを知って、僕もはじめた。当然、見城氏のトークは見ていたし(むしろそれしか見ていない)、自分のコメントに対して返答を頂いたこともある、そしてまた、箕輪氏が「みのわ」として見城氏とやり取りをし、『たった一人の熱狂』出版に至る経緯も見ていた。

 

当時、僕は漠然とではるが、本を出してみたい、と思っていた。

ただ、何をどうすればいいのか皆目見当がつかない。「出版」というと、文芸誌の新人賞に応募するか、もしくは自費出版しかないと思っていたため、見城氏に直接アプローチをして、出版に至る経緯を目にし、へー、こういう直接的なやり方もありなんだな、と学びを得た。

 

その後、僕は箕輪氏のやり方に影響を受ける形で、応募という形ではなく、自分が書き上げた原稿をいくつかの出版社に直接売り込み、運良く、出版にこぎつけることができた。箕輪氏が、「みのわ」がいなければ、出版することはできなかっただろう。だから、恩義がある。

 

そのような経緯から、心情としては博士を応援していたものの、一方的に博士頑張れ!箕輪をやっつけろ!とは言えなかったし、箕輪頑張れ!博士をやっつけろ!とも言えなかった。

 

そして、想いは見城徹氏に対しても。

中高生の頃だったと記憶しているが、当時、『平成日本のよふけ』というトーク番組があった。笑福亭鶴瓶氏とウッチャンナンチャンのナンチャンがMCとなり、毎回ゲストとトークを繰り広げるという番組だ。その番組で初めて見城徹という人を僕は知った。角川春樹氏との思い出や、郷ひろみの『ダディ』などについて話していたように記憶しているが、内容云々よりも、頑強な体躯から発せられる迫力がとにかく凄くて、うわぁ~、なんかすごいなこの人、と圧倒された。そこからずっと見城徹という存在が僕の頭の片隅に残り、755を始めたと知って、「見城さんとやり取りできるかも!」と、755を急いでインストールした。

755は、AKB48などのアイドルとやり取りできることを売りにしていたが、僕は、大島優子よりも、高橋みなみよりも、見城徹と話したかった。

 

755内で僕が送ったコメントに対し、何度か見城氏から回答をいただいたことがある。嬉しくて、その回答はすべてキャプチャーをとって、「見城さん」というフォルダ内に今でも保管している。「明日、経営陣が集まる会議があって、おそらく、そこで僕は非難の的になるのですが、どういう心持で臨めばいいでしょう?」という、今考えると、自分で考えろ、バカ!としか言いようのない質問にも、見城氏は真摯に回答をしてくれた。

 

水道橋博士vs箕輪厚介。この闘いに絡む者、すべての人に思い入れがあり、感謝の念があり、誰をどう応援していいか気持ちが定まらず、観に行くのを迷った。

 

そして、迷ったのには他にも理由がある。

試合の数日前に、治癒したはずの母親の癌が再発したことを聞き、気持ちが沈んでいた。

歓声や罵倒が飛び交うであろう会場に、身を置くのが物憂かった。静かな場所に、じっと身を潜めていたい気分だった。

 

だが、結果として、僕は試合を観に行った。

チケットを購入したのに観に行かないというのは、博士、箕輪氏、双方に失礼な気がした。また、単純に、8,000円も出したのに行かないのはもったいないと思った。

 

そして、観に行った結果、行かなければよかった、と僕は後悔した。

 

後悔したのは、試合がつまらなかったからではない。

むしろ、逆だ。試合は、お世辞抜きで、素晴らしかった。

 

僕の席は赤コーナー側の最前列で、リングインする水道橋博士の表情をすぐ間近で見たのだが、まず、その表情に痺れた。『浅草橋ヤング洋品店』で城南電機の宮地社長をあおっていた博士でも、『未来ナース』で鈴木その子を軽妙なトークで白く照らしていた博士でも、『虎ノ門』内の”朝まで生どっち”で、会話を中断するよういとうせいこうからベルを鳴らされていた博士でも、どの博士でもない博士がいた。ヘミングウェイは「勇気とは、窮地に陥ったときにみせる、気品のことである」と言ったが、まさに、リングイン直前の博士には、品があった。好きでよかった、と思えた。

 

そして、試合の勝者となった箕輪氏も素晴らしかった。特に試合後のコメント。SNSで散々責められた水道橋博士をなじるでもなく、後日発売する著書を、笑みを浮かべながら宣伝していた姿が印象的だった。そこには、勝負に対する、そして、博士に対するコメントを発することへの「照れ」が見え隠れして、やっぱりいい人だな、と思った。

 

勝負も、博士も、箕輪氏も、全部素晴らしかった。

 

 

だが、それで、僕の何かが変わったわけではない。

リングに上がったのは博士と箕輪氏であり、僕ではない。

勝者の気高さも、敗者の勇壮さも、僕のものではない。

 

会社員としてやらなければならない仕事は積みあがっているし、

順調に形成されていく会社員としてのキャリアとは裏腹に、物書きとして生計を立てられるくらいに稼ぎたい、という夢は依然としてその蕾を開こうとはしない。

 

まだ、熱狂を傍観する側にまわるのは早い。

39歳の自分は、人生や、仕事や、夢と、まだ闘わなければならない。

 

だから、同じような闘いが今後あったとしても、僕は行かない。

素晴らしき試合を観に行ったことを、僕は後悔した。

 

 

就活における服装が「どうでもいい」3つの理由

先日NHKの番組『就活応援TV』にて、「スカートじゃなきゃダメ」という企業や大学就職課が取り上げられ批判を浴びたようだが、学生さんの立場からすると、「スカートじゃなきゃダメ」と言われると、「あ、そうなんだ」と従ってしまうくらいに、就職活動における服装の位置づけというのは不透明にして絶対的なものとして捉えられているように感じる。

 

ということで、今回は、人事から見た就活における服装の位置づけというテーマで書こうと思う。


簡潔に言うと、「どうでもいい」。以上。ということになるのだが、それだけだと5PV(そのうち4PVは自分)くらいでこの記事が終わってしまうので、もう少し丁寧に書くことにする。「どうでもいい」には3つの理由がある。


●1つ目の「どうでもいい」
ほとんどの企業は面接を3回~4回実施する。これは学生さんを精度高く見極めるため、という目的でもあるのだが、もう一方で、面接官の視点を均質化するため、という目的もある。つまり、誰かひとりの偏った選考基準に寄らないようにするためだ。面接官と言っても人間なわけで、それぞれの趣味嗜好がある。中には、スカートの女の子は甘く採点をする面接官もいなくはないだろう。

 

だが、あらゆる年次、性別、部門、役職の人間を面接官として携わらせることで、スカートであるという点だけで内定まで進むことを防ぐことができる。また、面接官を2人1組、3人1組とすることで、スカート好きのAさんが「あの子は優秀だったがパンツスーツだったから落とそう」となっても、Bさんが「え?なんであの子を落とすんですか?いいじゃないですか」と不当な選考を防ぐこともできる。私もそうだったが、学生さんの中には「面接何回やるんだよ・・・。いっつも同じ質問ばっかだし」「なんで学生1に対して面接官が3人もいるんだよ。圧迫?」と不満を感じる人もいることだろう。だが、それには上記のような理由があることを知ってもらえれば嬉しい。

 

●2つ目の「どうでもいい」
面接官にとって、少なくとも僕が面接官を務める時は、服装は加点要素でも、減点要素でも、何でもない。私の会社の場合、面接時の服装も特に規定をしていないため、スーツでも来る人もいれば、私服で来る人もいる。まちまち。スーツだからちゃんとしているな、という感想を抱くこともないし、私服だからちゃらちゃらしているな、という感想を抱くこともない。もちろん、スカートだからいいよね、ということもない。つまり、無。無のものに時間、神経を使うことは無駄でしかない。その意味で「どうでもいい」。

 

ただ、1つ言えることがあって、面接はスーツでお越しください、と決まりがある場合は、スーツがいいと思う。その場合、僕が面接官であれば、私服で来た人は落としてしまうかもしれない。それは、ルールはちゃんと守りましょう、ということではない。スーツって規定されてるけど、俺は個性的だし、ルールに縛られない人間だから私服で行っちゃうよ、というその感性がダサい。中目でスタバでMacしちゃうよ、というくらい受け入れがたい。一緒に働きたいな、とは思えない。まあ、これは一般論ではなく、あくまでも私の意見として・・・。

 

●3つ目の「どうでもいい」
幻冬舎見城徹氏とサイバーエージェント藤田晋氏の共著で『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない』という本があるが、面接官もそうで、「学生が期待するほど見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」。学生さんの人柄、能力、将来性をまるっと見極めることはできないが、服装の良し悪しで合否を判断してしまうほどに見ていなくはない。99%の面接官は、スーツじゃなきゃダメ、という判断はしない。
『就活応援TV』は、文字通りTVなので、際立った意見を採用したのだろう。「服装は、別に、どうでもいいですね」では番組にならない。


ということで、服装は「どうでもいい」。
それだと選択肢が多くて困る!〇〇がいいよ!と言ってくれ、ということであれば、リクルートスーツがいいよ!と答えておこう。組み合わせに迷う時間を削減できる。

 

そういうことで。
就活中の皆さんに幸あれ。

 

 

 

 

 

春の池袋の夜の夢

名前が特徴的なのと、顔つきが20年前と何ら変わるところがないため、”その子”であることに疑いはなかった。友達が「いいね!」をしたことで、タイムライン上に現れたその子の投稿には、福祉施設で働く様子の写真と、そこでの近況が記されていた。

 

春の池袋の夜は騒がしかった。石田衣良原作のドラマ『池袋ウェストゲートパーク』の舞台として有名になった西口公園。新入生が入学する4月になると、夜は、新歓コンパから流れてきた学生でごった返す。そのごった煮の中のひとりとして、僕は、そこにいた。そして、”その子”は、僕の横にいた。

 

その日、ありふれたテニスサークルの新歓コンパに参加をしたのだが、たまたま座った席の横に、その子もいた。「こんにちは・・・」声を掛けられた方向を見ると、指で突いたらぱちんと弾けそうな瑞々しい眼が僕を見ていた。薄い唇をつりあげてはいるが、頬はどこかぎこちなく強張っている。決して社交的ではないが、その殻を破ろうと、頑張って声をかけてきたことがわかる。

 

僕は怯んだ。
僕などが関わってはいけない。そんな神聖な空気をまとっていた。

 

そんなその子が、それから3時間後、池袋西口公園でも、僕の横にいた。
飲み会で特別親密な仲になったわけではない。ただ、2人とも、その夜のありふれたテニスサークルの、ありふれた新歓コンパの雰囲気には、合っていなかった。

 

「よーし、じゃあこれから体操するから2人組になれ。2人組になったらその場でしゃがむように」と先生から号令がくだったものの、誰からも声がかからず、声をかけず、突っ立ったままでいたら、もう1人立っている人がいて、目が合った。そんな感じ。

 

「・・・もう帰っていいのかな?」
その子が不安げに周りを見渡しながら言った。
「大丈夫でしょ。こんな状況じゃ誰がいて誰がいないかなんかわかりっこないよ」
「そっか、そうだよね。小林くんはまだ帰らないの?」
「そだね。ちょっと酔ったから、もう少しいるかな・・・」
お酒が弱いくせに、場の居心地の悪さをごまかすために杯を重ねたため、気持ちが悪かった。
「たくさん飲んでたもんね。大丈夫?お水買ってきてあげるね」
僕が止めようとするよりも早く、腰を上げ、自販機へと向かった。
「ねえ・・・、変なこと言うようだけど」
ペットボトルのお水を僕に渡しながら、
「小林くん、小説家とかにはならないの?」
その子が頬を緩めた。
「は? 小説家?」
「うん。だって小林くん、たくさん本読んでるし、なんか雰囲気もあるよ」
飲み会の最中、お互い本を読むことが好きなのがわかり、何人かの作家や、最近話題になっている本などについて話をしていた。
「ありえないでしょ。今からプロ野球選手を目指すくらい無理があるよ」
買ってもらった水を、我が物顔で喉に流し込む。
「それに、そもそも興味がないし」
僕は、少し嘘をついた。
「なんかあるの?」
「え?」
「逆に、なんかなりたいものとかあるの?」
繕うように、会話のボールを放り返した。
その子は、西口公園の中にある噴水へと目を向けた。酔っぱらった学生が噴水の中に飛び込み、嬌声をあげている。
白い肌の上を、パチンコ店のネオンが横切る。
「・・・福祉の仕事に就きたいかな」
噴水を見やっていた目を僕に戻すと、困ったような、照れたような笑みを浮かべた。
ふくし?自身の生活において聞き慣れない言葉のため、耳には入ってきたものの、脳に入って来ない。ふくし?福祉?ああ、社会福祉の福祉か。
「福祉ってあの福祉?」
「あの福祉って?」
社会福祉の福祉?」
僕の間の抜けた問いに、控えめに頷いた。
「なんで?」
今考えれば具の骨頂のような質問だが、当時は、心底、なんで?と思った。僕も含めて、いや、僕を筆頭に、誰かのために時間を、身を費やそうとする人間は周りにいなかったから。
なんで?に対してのその子の返答は覚えていない。そもそも返答はなかったような気もするし、返答していたとしても、忘れているくらいだから、なんとなくね、くらいのぼかした答えだったのだろう。

 

その日を境に、僕たちは付き合い始めた、ということもない。連絡先を交換したわけでもない。大学内ですれ違えば、少し会話をしたりしたが、そのうち、すれ違うこともなくなった。それだけの関係。

 

それから20年。つい先日。facebookでその子を見かけた。僕とfacebookでつながっていた女友達は同じ大学だったので、サークルなのかクラスなのかはわからないが、その友達も何かの形で”その子”と繋がっていたのだろう。”その子”は20年経っても、”その子”のままだった。違ったのは、願望ではなく、実際に、福祉の仕事をしていた。

 

僕は、随分と変わった。見た目も、性格も、変わった。変わらないのは、願望が、願望のままであること。

 

2年ほど前に、私小説、というかごく私的な小説のようなものを書き、出版をさせてもらったが、それで終わり。そこから何かまとまった文章を書くでもなく、依頼があるわけでもない。

 

もうこのままでもいいかな、と思ってもいたが、”その子”を見かけてから、どうにも心が落ち着かない。あの日の、池袋の夜に、引き戻される。

 

そういえば、水のお礼、たぶん言ってなかったな・・・。
写真の中の”その子”を見ながら、そんなことも、思い出した。

 

 

 

死の床で聞きたい言葉

最近、余命宣告を受けた人の手記や、幼くして亡くなった子供にまつわる記事などを目にする機会が多い。「多い」と書いたが、きっと、目にする機会自体は以前と変わらないが、20代、30代前半の頃は流していた「死」に関する記事が、40を目前に控え、自身の死期が視野に入るにつれ、目にとまるようになった、というのが正確なところだろう。

 

それと同時に、そられの手記や記事に寄せられるネット上のコメントの数々も、しっかりと読み込むようになった。そして、ここでもまた、以前は気にならなかったことが気になるようになった。

 

「〇〇さんの記事を読んで、残りの人生、しっかりと生きなくてはならないと思った」
「自分の人生を見つめ直すきっかけになりました。ありがとうございます」

 

こういったコメント。至極真っ当なコメントだと思う。でも、何かが気になる。なんだろう。なんというか、自分が余命いくばくもない身だとして、面と向かって、もしくはネット上で、こう言われたら、ちょっとイヤだな、と思った。すごくイヤではないが、ちょっとイヤだ。

 

いや、別に、あなたのために生きてきたわけではないし、あなたのために死ぬわけでもない。気づきとか、変化とか、どうでもいい。僕は僕のために生き、僕の人生をまっとうし、死んでいく。それだけだから。あなたに示唆を与えるために生まれてきたわけではないし、あなたの人生観を変えるために死ぬわけでもない。勘弁してくれ、と思ってしまう。コメントをする側に悪意がないのは重々承知しているものの、善として受け取ることは、きっと、僕はできない。

 

では、死の床において、言葉をかけてもらうとしたら、どのような言葉をかけてもらいたいか。あれこれと考えてみたが、シンプルに、「いい人生だったね」と言ってもらえるのが一番嬉しい気がする。

 

幼稚園の頃は泣き虫で甘えん坊で、母親がそばにいないと泣きじゃくっていたこと。小学生の頃は足が速くて、卒業するまでずっとリレーの選手だったこと。中学生の頃はわりとモテて、バレンタインのチョコを10個以上もらっていたこと。初恋のこと。フラれたこと。大学の授業をさぼり、学内のベンチでよく寝ていたこと。就職活動のこと。社会人になってはじめたもらった給料のこと。会社を休んでふらりと海を見に行ったこと。夜、月を見たこと。友達のこと。母のこと。父のこと。結婚のこと。可愛い2人の子供のこと。過去のこと。これからのこと。とりとめのない僕の話を、うんうん、と時折頷きながら聞いてもらい、「・・・まあ、こんな感じのことがあったんだ」と話を終えたあと、静かに微笑みながら、「そう、色々なことがあったね。いい人生だったね」と言ってもらえたら、最高に嬉しい。

 

だから、僕は、死を前にした人に向かって、それがたとえネット上だとしても、「可哀想」とか「大変だね」とか「がんばって」とか「人生を見つめ直すきっかけになった」とかは言いたくない。相手が誰があろうが、若かろうが、年老いていようが、「いい人生でしたね」と言ってあげたい。

 

そんなことを、思った。

 

 

 

 

 

志望動機を問われた際のNGワード

「志望動機を教えてください」

 

定番中の定番の質問。多くの面接官は、まずはじめに、この質問を投げかけるのではないだろうか? なぜこの質問を最初にするのか。それは、この質問に対する返答で、その後の受け答えの質、就職活動生としての基礎体力が大体わかるから。お寿司屋において、玉子でその店の腕前がわかるというけれど、それと同じようなもの。

 

誤解なきように伝えておくと、その学生さんの本質がわかる、と言っているわけではない。あくまでも受け答えの質、つまり、どれだけしっかりと物事を考えているか、もしくは、考えてきたか。面接スキルの高さ、と言い換えていいかもしれない。

 

そして、この問いに対して、どういう答え方をするのが好ましいか?
まず、最悪なのは、企業理念を持ち出すこと。

 

「御社の○○○○という企業理念に共感し、そのような理念のもと、私も働きたいと思い、志望いたしました」のようなものは、最低だ。

 

理念の重要性を否定するわけではない。理念は、確かに必要だ。ただ、理念に共感しているか否かは重要ではないと思う。なぜなら、理念というものは、よほどの悪人や奇人でない限りは共感できるようになっている。例として、いくつかの企業の理念を列挙する。

 

●情報革命で人々を幸せに(ソフトバンク
●住まいの豊かさを世界の人々に提供する。(ニトリ
●21世紀を代表する会社を創る(サイバーエージェント
●地球上で最もお客様を大切にする企業であること(アマゾンジャパン)
●焼き鳥で世の中を明るくする(鳥貴族)
●優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する(武田薬品工業

 

誰がこれらの理念を否定するだろうか?
人々なんか不幸になれ! お客様など糞くらえ! 焼き鳥で世の中を暗黒にしてやるー、という考えの人など、ほぼ皆無なのではないだろうか。

 

つまり、企業理念というものは必然的に万人に共感されるようにできているわけで、そこに対して「共感します!」と言っても、他の学生さんと比して差別化にはなり得ない。


多くの企業が求人要件として「弊社の理念に共感していただける方」と謳っているが、
その実、志望動機を問われた際、「御社の理念に深く共感をしました」と言っても、面接官には響かない。

 

そのことは、肝に銘じておこう。

 

 

 

 

 

就活本格化に向けて、しておくべきこと。

12月。そろそろ、就職活動を控えた学生さんが本格的に動きはじめる時期。
本やネット、もしくは既に就職活動を終えた先輩などから就活に向けたアドバイスを見聞きしたりしているだろうが、それでも、「何をしたらいいんだろう?」「どうやって動けばいいんだろう?」という疑問、不安の類は解消されないのではないだろうか。

 

今日は、そんな学生さんに向けて、そろそろこういうことをしといた方がいいと思うよ、という話をしたいと思う。

 

細かく挙げれば色々とあるのだけれど、就活で重要なものを大別すると、「インプット」と「アウトプット」の2つ。


インプット、というのは、経験から何を得て、何を感じたか、という意味。

会社員としての僕は、新卒における面接対応などもするが、「部活動で主将を務めていました!」「ボランティア活動をしていました!」「学生団体で代表を務めていました!」と、声高に、誇らしげに発信をする学生さんがよくいる。

 

(真偽はさておき)もちろん、それらの活動や役割を否定するものではないし、能動的にそういったことをする姿勢は評価するが、ただ、それだけでは、本人たちが期待するほどのプラス評価にはならない。へー、積極的なんだね、という感想を抱く程度。

 

大事なのは、どれだけ大きなことをしたか、重要な役割を担ったか、ではなく、何を感じたか、何を獲得したか、だ。主将や代表である必要はないし、ボランティア活動など、他者とは違った経験をしている必要もない。日常の出来事やありふれた役割の中にも、ドラマはあるし、緩急がある。 その中から、どういうことを感じ取ったかという感受性や、物事の受け止め方、考え方、そういったものを重視する。

 

だから、これから就活が本格化するに向けて、あわててとってつけたように新しいことをする必要はない。今までの自分の人生、体験を振り返り、どういうことがあって、どういうことを感じ、どのように自分が変化してきたか。そのことを、腰をすえて、じっくりと考えてみることをオススメする。

 

そして、アウトプット。
これは文字通り、自分の考えていることを伝える力。どれだけインプットが充実していても、それを企業に、面接官に正確に伝えられなくては意味がない。アウトプットを磨くためには、月並みなアドバイスだが、アウトプットをする練習をするしかない。

 

この時期になると、就職課が面接対策を実施してくれたりすると思うが、「けっ、そんなん恥ずかしくてやってられるか。俺は本番に強いから、練習なんかしなくてもなんとかなるよ」と、かつての僕のように強がらず、いきがらず、そういう機会があれば、どんどんと参加し、恥をかき、冷や汗を流そう。就職課じゃなくても、友達でも彼女でも親でも、誰でもいい。とにかく他者に聞かせ、フィードバックを受けること。それに尽きる。

 

就活は、これをしておけば絶対大丈夫!という秘訣もない代わりに、これをしなくちゃダメ!という特別な何かを要するものでもない。

 

上記のような当たり前のことを、当たり前にやっておく。つまらない真理だけど、そういうものだと思う。

 

 

 

歳の差なんて、ラララ。

ラブレター代筆に依頼をしてくる人は、大別すると2つのタイプにわけることができる。1つは、文章を考えることが不得手な人。もう1つは、文章を考える云々の前に、そもそも、想いを伝えることに対して躊躇をしている人。意外に思われるかもしれないが、後者の方が、割合としては随分と多い。

 

「話したこともないような相手に、告白をしていいものか・・・」
「一度別れた相手に、手紙を書くのは迷惑じゃないのか・・・」
「告白して断られたらどうしよう・・・」

 

そして、よくあるのが、
「こんなに年齢が離れている相手に告白していいのか・・・」
というもの。

 

僕個人は過去に付き合った相手で、最も歳が離れていたのは5歳。だから、偉そうに論じることはできないのだけれど、それでも、どうしてそんなに気に病むのだろうか、と不思議に思う。そして、その疑問をそのまま投げかけると、

 

「いや、なんていうんでしょう、なんか、ね・・・」

 

と、大概の人が、言葉を濁す。
明言はしないものの、歳の差を気にする人は、多くの場合、周りの声を気にしてのことなのだと思う。

 

「いい年のおっさんがハタチそこそこの嫁さんもらうって、ロリコンかよ!」
「あんなに年上の親父と付き合うなんて援交じゃないの!」

 

など、そんな声を気にしてのことではないだろうか。

 

一言。案ずるに及ばない。

 

歳の差についてどうこう言う人は、嫉妬に過ぎない。本心のところは、

 

「あんなに若い嫁さんもらって羨ましいな、ちくしょう!」
「ちょいワルな感じで素敵!くやしい~」

 

と思っているだけだ。


実際、過去に僕が出席した結婚式で、新郎が40歳、新婦が23歳というカップルがいた。
そして、なごやかな式の最中、僕は終始「ちくしょう!」と嫉妬の炎に身を包んでいたことがある。だから、間違いない。

 

余談はさておき、要は、周りの声は気にすることなどない、ということだ。


不倫のように誰かに迷惑をかけたりしているわけでもない。堂々と告白をすればいい。大手を振って付き合えばいい。誇らしくプロポーズをすればいい。それだけのことだ。

 

それに、年の差カップルというのは、お互いの容姿に惹かれて、というよりは、精神性による結びつきが強い印象を受ける。容姿は時の流れとともに劣化をするが、精神は劣化をするどころか深みを増していくので、関係が長続きするようにも思う。

 


ただ、僕には娘がいるが、ある日娘が彼氏を連れてきて、彼氏の年齢が自分と同程度、もしくは年上だったとしたら、正直なところ、うっ、とは思う・・・。それは、ご容赦いただきたい。